海外の文献紹介②

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2. シミュレーションの操作手順

熱湿気シミュレーションを行う手順および計算結果の評価方法について、ここではWUFI Proという、一次元のシミュレーション・プログラムを使って紹介する。図2は、内断熱をした石造壁を設定したWUFIの操作画面である。まずはじめに外皮構造を構成する建材ごとに建材の種類と厚みを設定する。たいていのプログラムには、昔から使われている汎用的な建材や、最近の特定のメーカーの建材などが入った建材データベースが付属している。水蒸気拡散抵抗係数※8 、熱伝達率などの基本的な物性値のほかに、含水率曲線や水分拡散係数、さらに物性値の温度依存または湿度依存(例えば、湿度が高いほど熱伝導率が上昇する)が収録されている。ユーザーは測定データや、メーカーが公表している物性値などを使って、自分の建材データを設定することや、データベースに収録されている建材の物性値を、自分の検証するテーマに合わせて、適宜、変更することができる。そのような場合は、変更する物性値に幅をもたせて、また、他の物性値との相互依存性を考慮する必要がある。不明なパラメータがあれば、そのパラメータにさまざまな値を与えて計算し、そのパラメータが計算結果に与える影響の大きさを確かめることも重要である。

図2:WUFI Proの構造を設定する画面。このプログラムは日本語で表示させることができる。

日射や風などの気象項目は、構造の傾きや方位に依存するので、設定した構造に、勾配(屋根や壁)および方位を指定する。外気条件を考慮するために、多くの気象データが収録されている。住宅やオフィスの室内気候には、外気条件に応じて室内気候を算出するためのモデル(WTA※9 6-2-01/D [4]、EN 13788 [5]、EN 15026、ASHRAE 160 [6])が用意されている。その他にも、測定データや人工気候室の温湿度条件を、シミュレーションに使用することもできる。

気候条件が建物構造に与える影響は、表面伝達パラメータを使って考慮される。例えば表面が暗色であれば日射吸収率を高く設定することで、日射により表面温度が上昇したり、防湿性の塗料が塗られていれば、表面に透湿抵抗を追加することで、湿気を通しにくい設定となる。

施工時に含まれる湿気については、計算を始める時点での構造内部の湿気の分布を、初期条件として設定する。一般的な施工時に含まれる湿気の量として、あるいは計算または測定によって得られた量として与える。通気や対流、雨水の浸入など、多次元の現象によって構造の中に熱や湿気が発生(または消失)する現象を簡易的に考慮するために、「発生と消失」のオプションを設定する。計算を始める日時や、計算を行う期間の設定は、シミュレーションを行う構造や目的に合わせる。湿気を通しにくい構造は、湿気を通しやすい構造に比べると、周期的な変動(一年間の変動が、毎年同じで、年毎に湿気の量が継続的に増加または減少しない状態)、に至るまでの期間が長い傾向がある。また、少しずつ、しかし長期的に湿気が構造の中に浸入し続けるような場合には、計算を始めた時点から数年後にはじめて、湿度が問題となる領域に入ることもあるが、そのような現象も把握することができる。計算期間はだいたい3年から10年の間であるが、シミュレーション自体は数分で終了する。

3.  結果の判定

熱湿気シミュレーションの結果を評価するためには、構造の中の温度および湿度の経時変化(図1)、または、ある建材に着目して、その建材の温度および湿度の変化を見る。定常計算法のように、全ての構造に適用する、汎用的な「判定基準」に基づくのではなく、構造の中の温度、湿度性状を確認し、構造に使用されている材料にふさわしい判定を行う。入力データがふさわしいかどうかを見極めるのと同様に、結果の判定にも、専門知識と経験が必要となる。ここで、結果の判定について簡単にまとめる。

3-1. 熱湿気性状

構造の中の湿気が継続的に増加し続けてはいけない。そのため、まずは構造全体に含まれる水分の量を見る。この湿気の量が、計算初期のレベルで保たれるか減少すればいいが、計算期間中に増加し続ける傾向があれば危険である。次に、建材ごとの湿気の変化を見る。建材ごとの湿気も、長期的に増加し続けてはいけない。例えば、施工直後に、ある建材に多くの湿気が含まれていて、その湿気が隣の建材にゆっくりと移動するような場合がある。

3-2. 凍害

周期的な変動になった状態で、どれだけの湿気を含んでいてもいいかという基準は、建材によって異なる。凍害に強い左官材やレンガ、コンクリートであれば、自然飽和状態、つまり、相対湿度が100%の状態になるまで湿気を含んでも凍害の危険性はない。しかし、これらの材料でも高湿度の状態が長く続くと、表面にカビや藻類が生えるリスクがある。凍害になりやすい材料は、多くの湿気を含んではいけない。石灰砂岩の場合、中欧ヨーロッパの標準的な冬の気温を考えると、含水率が12質量%を超えると凍害が生じる。しかし他の材料に関しては、基準値が明らかではない。そこでWTAの内断熱に関する章 [7]では、凍害になる可能性がある材料に関して、凍害にならないために、材料中の湿気の量に関して、建材に含まれる水分量の、その建材の最大含水量に対する割合を30%以下、または材料の空隙の中の相対湿度を95%以下に保つことを推奨している。これまでの知見から、この基準は凍害が生じやすい材料に対しても有効であることが分かっている。

3-3. 木材の腐朽

木材や木質系の材料に関して、腐朽や強度の劣化を防ぐためには、材料中の湿気の量が長期間にわたり18または20質量%を超えてはいけないことがDIN 68000 [8]に明記されている。同様の基準値は、有機繊維系断熱材にも当てはまる。とは言ってもこの基準値は、安全のためにより厳しい値となっており、実際に菌類が木材を腐蝕しはじめる湿気の量は、25から30質量%である。温度が低いと、菌類の成長が抑えられ、最終的には死滅する。材料の空隙の中の空気の相対湿度と温度によって、木材の腐蝕のリスクを評価するためのプログラムは現在、開発中である [9]

3-4. 熱伝導率の上昇

硬質発泡プラスチック系は湿気の影響を受けにくい断熱材ではあるが、湿気が拡散によって入ってきた場合に、熱伝導率が大きくなる。つまり断熱性能が落ちる可能性がある。このような性質は建材データの中に記述されており、ユーザーはその断熱材が取りうる熱伝導率の範囲を確認することができる。原則として、湿気の量が2 体積%までであれば、湿気が熱伝導率に与える影響はほとんどないと言える。

3-5. カビ

室内の表面や、構造の中の空気層などのすき間に接する面では、湿度が高い状態が続くとカビが生える可能性がある。DIN 4108では、冬季の熱橋部分での室内表面温度、つまり12.5℃を想定して、カビが生える相対湿度の基準値を80%としている。しかし温度の高い夏季では、75%を超えるとすでにカビが生える危険性がある。WUFIには、カビが生える温度と相対湿度の条件を表すIsoplethen曲線が収録されている。温度と相対湿度の計算結果がこの曲線を超えない範囲であれば、カビが生えるリスクがないと言える。この曲線を超える場合には、その超えている程度と、越えている時間の長さによって、リスクの大きさが異なる。そのリスクの大きさは、生物熱湿気モデルを使うと、より詳しく検証することができる。生物熱湿気モデルは、モデル化したカビの胞子が、発芽および成長する早さを算出する [10]。この計算モデルWUFI Bioは、WUFIのホームページ [11]で無料で提供されている。

3-6. 繊維系断熱材の内部での結露

ロックウールやグラスウールなどの繊維系断熱材は通常、保湿性がほとんどない。よって、拡散によって湿気が入ってくると、低温の側で、結露が生じることがある。結露の量は、結露水が流れ落ちることのないように制限する必要がある。そのため、DIN EN ISO 13788の改訂版では、結露が生じる状態で、材料自体が湿気を蓄えることができない場合、その箇所に生じる結露量は200g/㎡を超えないように定めている [5]

3‐7. サビ

構造に金属の材料が使われている場合、高湿度の状態が続くと錆びる可能性がある。特に、コンクリート内部の鉄筋が中性化し、防錆効果がなくなった後に生じる。ここで、錆びる条件を簡略化すると、中性化した後のコンクリート内部にある鉄筋は、材料の空隙内部の相対湿度が80%を越えなければ、錆びは進行しない、と言える。ここでも、温度が高いほど、錆びの進行は早まるが、このことに関しては今まで、あまり考慮されていない。フラウンホーファー建築物理研究所は現在、ミラノのポリテクニコ科学技術大学と共同で、無機系の材料に関して、温度と相対湿度の条件によって、錆びるリスクとその進行の早さを予測するためのモデルを開発している [12]

また、湿気が原因で生じる建材の強度の低下や、化学的性質の変化、または熱湿気に関する耐久性なども、判定基準となる。これらの現象も、必要に応じて検証することができる。

※8 建材の透湿抵抗と、その建材と同じ厚みの静止空気層の透湿抵抗の比。静止空気層の透湿抵抗は温度によって変わるため、比として表すことで、建材の透湿抵抗の温度依存が考慮できる。日本で一般的に使われている建材の透湿抵抗の値は、測定時の温度によって異なるため、熱と湿気を同時に解析するシミュレーションでは、水蒸気拡散抵抗係数を使用する必要がある。
※9 WTAとはドイツ語圏の国々における、主に建物の改修に関して必要な基準の設定や研究を行う、産業界と連携した学術団体である。ここで作成された基準のうち、欧州基準(EN)および国際基準(ISO)に採用されるものもある。筆者(Zirkelbach)はこの団体の委員でもある。

参考文献
[4] 2002‐05: WTA‐Merkblatt 6‐2‐01/D: Simulation wärme‐ und feuchtetechnischer Prozesse..
[5] 2001‐DIN EN ISO 13788: 2001‐11: Wärme‐ und feuchtetechnisches Verhalten von Bauteilen
und Bauelementen ‐ Oberflächentemperatur zur Vermeidung von kritischer Oberflächenfeuchte
und Tauwasserbildung im Bauteilinneren ‐ Berechnungsverfahren..
[6] 2009‐ASHRAE ANSI Standard 160: Criteria for Moisture‐Control Design Analysis in
Buildings..
[7] 2012‐11: WTA‐Merkblatt E 6‐5‐12/D: Innendämmung nach WTA 2 ‐ Nachweis von
Innendämmsystemen mittels numerischer Berechnungsverfahren..
[8] 2012‐DIN 68800‐2: Holzschutz Teil 2: Vorbeugende bauliche Maßnahmen im Hochbau..
[9] Kehl, D., "Holzschutz ist berechenbar ‐ Bewertung WTA vs. Holyschutznormung. ," in
Tagungsband Bauphysik Forum, Mondsee, 2013.
[10] Sedlbauer, K.; Universität Stuttgart: Vorhersage von Schimmelpilzen auf und in Bauteilen.
[11] URL HYPERLINK "www.wufi‐pro.com" www.wufi‐pro.com
[12] Marra, E; Politencino di Milano: Environmental Factors Affecting Corrosion of Steel Inserts in
Ancient Mansonries

 

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