海外の文献紹介①

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建物の外皮構造の中に含まれる湿気の量は、外気や室内の温湿度環境によって、一年を通して変化する。また、外皮構造の中の湿気がどのように輸送され、または蓄えられるかなど、使用している建材によっても変わる。

部屋の中と外の温湿度条件の違いが、湿気の流れを引き起こす。中央ヨーロッパの典型的な気候(北海道のような日本の寒冷地もこれに類似する)では、湿気はおおよそ、部屋の内側から外側に向かって流れる。しかし外側の温度が高い場合や、室内を冷房している場合には、湿気は部屋の外側から内側に向かって流れる。特に外側の建材が雨水を吸収しやすい場合には、より多くの湿気が構造の中に入ってくる。また、構造の中や外皮の表面に生じた結露や、空気の対流によって室内側および屋外側の表面に運ばれる湿気、地面に含まれる水分も、構造の中に湿気が入ってくる原因となる。それゆえ、入ってくる湿気と、出て行く湿気の量がつりあっていることが重要で、構造の中の湿気の量が、年間を通じて長時間、基準値を超えることがあってはならない。DIN 4108-3(DIN:ドイツ工業規格) [2]では、定常計算によって構造の中の温度と湿気の分布を算出する方法に基づいて、湿気のバランスについて言及されている。しかしこの定常計算法は、冬の結露量のみを評価基準としていて、他の多くの重要な要因が考慮されていない。それに対して熱湿気シミュレーションは、ほぼ全ての重要な要因が考慮されており、構造の中の湿気性状をより詳しく、正確に把握することができる。そのため、防湿計画のためにも、または施工後に生じた湿気の害について分析し、その原因を探ることができる。DIN EN 15026(ヨーロッパ規格のドイツ版) [3]では、熱湿気シミュレーションに関して、プログラムで考慮するべき項目やプログラムのベンチマークテストの実施などについて記述されている。

以下、定常計算と熱湿気シミュレーション(非定常計算)の違いについて述べ、シミュレーションが設計現場と、建物に生じた湿気の害に関する検証を行う専門家にどのように役に立つのかを記す。

1. 定常計算 Vs. 熱湿気シミュレーション(非定常計算)

ドイツでは、建物構造の防湿に関する判定について、DIN 4108-3に記されている。この規格の中では、降雨から建物を守るための指針と、冬の結露を抑えるための判定方法が定められている [2]

定常計算の方法では、グラフを描いて、または計算によって、一年間で建物構造の中に入ってくる、または構造から出て行く湿気の量を見積もる。室内側と屋外側の気候条件として、それぞれに固定の温度と相対湿度を与える。これらの条件は、なるべく現実的となるように考えられてはいるが、実際には、湿気による害がないことが既に確認されている構造が定常計算法による判定で可となり、問題がある構造に対しては、判定が不可となるように決められている。このため、定常計算法で使用する周辺条件は、現実的であるとは言いがたい。例えば夏の室温が12度となっているが、夏にこれほど低温な住宅があるだろうか。また、その他の気象要因、例えば日射や風、降雨や長波長放射(天空放射や周辺の物体との放射のやりとり)などは考慮されない。つまり定常計算法で考慮されている現象は、冬季に湿気が溜まる現象と、夏季に乾燥する現象のみであり、そしていずれも水蒸気の輸送のみが考慮されている。また、液体としての水の輸送は考慮されていない。

にもかかわらず定常計算法は長年にわたり使われ、この方法によって優良と認められる構造が、良しとされてきた。それらの構造はつまり、施工時に含まれる湿気や、雨水の浸入や、日射による影響をほとんど受けないような構造である。しかし、外側も内側も湿気を通さない施工がなされている木造の屋根に関しては、定常計算法による判定では良しとされるが、実際には多くの害が生じている。なぜかと言うと、判定の際には構造の防湿性が充分であり、建材ももともと乾燥していることを仮定しているが、実際には、現場での施工がこのように完璧であることは保障できないためである。もし、湿気が全く浸入しないのであれば、乾燥しにくい構造でも問題はないが、施工時に湿気が含まれていたり、防湿施工が完璧でなく湿気が浸入するような場合には、害が生じる。

その他の多くの構造も、規格に定められている適用範囲外であるために定常計算法による判定を免れるか、構造の安全性を証明する義務を免れている。定常計算法による判定を免れる場合とは、定常計算法が考慮しない要因や気候要素の影響が大きい場合である。例えば、施工時に湿気が含まれる場合や雨水を吸収する場合、または外気候が通常とは大きく異なる場合や、屋上緑化、冷房をしている部屋、または、オフィスや居住以外の目的の建物などである。証明の義務を免れる場合とは、定常計算法による判定では不可となるかもしれないが、実際に長期間、問題がないことが明らかになっている構造である。

熱湿気シミュレーションは、建築物理的に重要な要因がくまなく考慮される物理モデルを使って、実際的な熱と湿気性状を把握することができるため、定常計算法の限界を補うことができる。また、定常計算法を規定しているDIN 4108‐3でも、2001年の改定からは、定常計算法による判定ができない構造については、熱湿気シミュレーションをすることを推奨している。当時、シミュレーションは真新しいものであったが、今となっては、ヨーロッパ規格であるDIN EN 15026(2007)でも規定され、ますます広く使われている。

熱湿気シミュレーションでは、定常計算法による湿気の流出入だけではなく、次のような要因や周辺環境が考慮される。

  • 雨水の吸収と液体としての水分の輸送
  • 建材の保湿性および施工時に建材中に含まれる湿気
  • 建材の蓄熱性
  • 湿気が断熱性能に与える影響
  • 調湿性のある防湿シート
  • 氷結および蒸発に伴う潜熱の吸放出
  • 日射による温度上昇
  • 長波長放射による放射冷却と結露の発生

信頼できる計算結果を得るためには、ふさわしい建材データが必要となる。シミュレーションに使う建材データには、定常計算法に必要なデータの他に、含水率曲線※4 、水分拡散係数※5 、熱伝導率や透湿抵抗係数の温度依存性※6に関する情報が必要である。湿気による害は、一日の間の外気条件の変化によってもたらされる場合もあるため(図1)、通常は1時間間隔の、計算する地域の気象データが必要である。気象データには、検証するテーマに合わせて、温度と相対湿度の他に、日射(全天空日射量および拡散日射量または直達日射量)、風速、風向、降水量、大気放射のデータがそろっている必要がある。室内気候には、測定データや部屋の使用状況を反映する室内気候モデル、または設計値を与える。

図1:WUFIを使った陸屋根断面の熱湿気シミュレーションの結果。陸屋根の中の温度と相対湿度、含水率の分布図(左) および、ある夏の一日の、OSB 板※7とロックウールの間の温度と相対湿度の変化(右)

※4 建材の相対湿度と、その建材に含まれる水分量の関係を表す曲線。
※5 細管現象によって建材の中を水分が液体として輸送される現象を計算するために、液体としての水分拡散の早さを記述する数値。単位は[㎡/s]。一般的に、建材が水との接触がある場合(例えば、雨が外壁に当たっている時)の水分拡散係数は、水との接触がなく、建材の中の液体が拡散していく場合(雨がやんだ後)の水分拡散係数よりも大きい。
※6 一般的に、建材の熱伝導率は建材の温度上昇または湿度上昇に伴い、増加する。周囲の相対湿度によって透湿性が変化するような調湿シートを使った構造をシミュレーションする場合、透湿性の湿度依存を考慮することは必要不可欠である。
※7 木質ボードの一種。配向性ストランドボード。

参考文献
[2]2001‐07: DIN 4108‐3: Wärmeschutz und Energie‐Einsparung in Gebäuden. Klimabedingter
Feuchteschutz, Anforderungen, Berechnungsverfahren und Hinweise für Planung und Ausführung..
[3] 2007‐07: DIN EN 15026: Wärme‐ und feuchtetechnisches Verhalten von Bauteilen und
Bauelementen ‐Bewertung der Feuchteübertragung durch numerische Simulation..

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