海外の文献紹介④

  • HOME »
  • 海外の文献紹介④

5. 不明なパラメータが結果に与える影響

設計段階では、計画している構造が建築物理的に安全かどうか、シミュレーションを行って構造の良し悪しを判定する。設計者は、予定している構造、建物が建つ場所、建物の用途などの情報を使って、シミュレーションの設定を行う。そして、その結果を評価し、構造の安全性を判断する。

この作業の過程では、建材の選択や場所、室内気候などの設定に、常に不確かな要素が伴う。また、近くにある大木による日陰のような、時間によって変わるファクターや、建物の用途の変更に伴う、室内での湿気負荷の増加なども考える必要がある。そこで、そのような不確かな要因を、大雑把に仮定して検証を行っても大丈夫だろうか、という疑問がわく。この疑問には、シミュレーションを使って答えを出すことができる。つまり、不確かなパラメータがある場合には、そのパラメータを現実的に考えられる範囲でいくつか変更してシミュレーションを行い、シミュレーションの結果がどのように変わってくるかを検証する。パラメータを変更しても、シミュレーションの結果がほとんど変わらなければ、そのパラメータはそれほど正確な値でなくてもよい、と言える。しかし、シミュレーションの結果が大きく変わるのであれば、そのパラメータは構造の判定に大きく影響を与えるため、正確な値を準備する必要がある。

これは例えば、気象データに当てはまる。多くの気象データは、熱と湿気のシミュレーションを行うための標準年データとして作成されたものではない。そこでEN15026では、熱的に標準的な年に、±2℃の温度差を与えて、「暑い年」および「寒い年」の気象データを作成することを提案している [3]。または、検証する地域の周辺地域で、より温かいまたは涼しい場所のデータを用いるのもひとつの手段である。例えば、ヴュルツブルグでは大丈夫でも、ミュンヘン(ヴュルツブルグの約220㎞南東)では明らかに問題があるような構造は、安全であるとは言えない。このようにいろいろ試してみることは、特に、経験の浅いユーザーには重要で、どのような構造にはどのようなパラメータが大きな影響を持つのかを知るのに役に立つ。

6. 害の検証 - 計画と実際の比較

湿気は、建物に多くの害をもたらす。ドイツだけでも、湿気による建物の被害額は、さまざまな統計を集計すると、年間で数十億ユーロ(数千億円)にもなる。大雑把に見積もると、「施工後の防湿改修や、実際に害が生じた後の処理にかかる費用は、設計段階で行う防湿対策にかかる費用の10倍」と言うことができる。しかし相変わらず、防湿計画はおまけとして行うもので、ましてコストをかけるという意識は薄いのが現状である。湿気の害が生じないことが実証されている構造であればいいが、近年は断熱材の厚みが増し、外皮を通した熱の出入りが少なくなっている。これによって同時に、湿気も構造の外に逃げにくくなっている。このような目立たない原因が、実は大きな害を引き起こす危険性がある。

ある建物に害が生じた場合、その原因が何であるかについては、専門家によって意見が分かれることがある。さまざまな要因が考えられる場合は特にそうで、害に関して、どの要因がどの程度の影響力があったのかを判断することは容易ではない。そこで従来の検証の方法に加えて、熱湿気シミュレーションを使うことが有効となる。例えば、計画案と実際の現象を比較し、構造の熱湿気性状に影響を与えると考えられる要因について分析を行うことができる。

一例として、屋上緑化をしている屋根構造の木材が腐朽した場合の原因を考えてみる。防湿シートの選択が誤っていたのか、断熱層が不連続であったのか、または気密層に穴が開いていたのか、つまり施工不良によって屋根構造に湿気が浸入し、それが害を招いたのか、ということが考えられる。この構造について、一般的な気密性能をもつものと仮定してシミュレーションを行った結果、木材の含水率が冬季に20質量%近くまで上昇した。つまり、この構造は湿気の害に関して十分に安全であるとは言えない。しかし、実際に害が生じた木材の含水率を測定したところ、40質量%であったが、施工が通常通りに行われたとすれば、ここまで含水率が上昇することは考えられない。つまり、屋根の構造について改善の余地があるとは言え、このケースでは、明らかに施工不良が主な原因であったことが分かる。ちなみに、この訴訟の原告が提案した防湿シートを使用した場合をシミュレーションすると、実際に害があった以上の湿気が、構造に入ってくるという結果が出た。

シミュレーションを行う際には通常、理想的な完璧な施工ではなく、実際の施工状態を仮定する。また、できる限り、その建物があると想定する場所の気象データと、実際の建物の使い方に合う室内気候を気象条件として与え、施工過程の情報(例えば、木材を保管中に雨水に当たったかどうか)から、シミュレーションを始める時点で構造に含まれる湿気の量としてふさわしいものを設定することが望まれる。また、シミュレーションの結果として得られる、構造の中の湿気の量を見る際には、検証する害の種類(さび、木材の腐朽、カビ、凍害など)に適した基準値を考慮して、判断する必要がある。結果を見て、湿気の害が生じる原因を突き止め、場合によっては、対応策、改善策を導くことができる。

次に、フラウンホーファー建築物理研究所で行った、建物構造の湿気に関する検証をいくつか紹介する。

  • ある木造の建物において、施工後5年で木材が腐敗した。この構造をシミュレーションしたところ、施工後10年で木材の含水率が22質量%あたりで周期的に変動する状態に至った。つまり、この構造は湿気に関して十分に安全であるとは言えないが、5年以内に木材が腐敗することはない。よってこのケースでは、施工時に含まれる湿気の量および気密性を検証する必要がある。
  • ある基礎のコンクリート層に、規格で定められているアスファルト防水施工ではなく、防湿シートが使用されていた。シミュレーションによると、防湿抵抗が小さい防湿シートにもかかわらず、この施工によって、害が生じるほどの湿気が含まれる可能性はないことが分かった。よって建築物理的な視点からは、特に変更する必要はないと言える。
  • あるジャガイモ貯蔵庫の木造屋根の室内側は始め、防湿シートを重ねたもので覆われているだけであった。数年後、垂木に含まれる湿気の量が増えたため、改修が必要となり、より透湿抵抗の高いシートで覆われた。しかしその結果、垂木の湿気はさらに増加し、事態が悪化したため、シミュレーションにより検証することとなった。すると、屋根の防水シートが、防湿シートよりも湿気を通しやすいため、夏に外気の湿気が構造の中に浸入することが分かった。つまり、透湿抵抗の小さな防湿シートを使えば、木材の中の湿気を室内側に逃がすことができるため、この問題が解決される。
  • 工業建物のトタン屋根で、湿気による害が生じた。その原因は、気密性が低いために、室内空気の湿気が屋根に入りこむことであると予想された。そこで、明らかに低い気密性を想定してシミュレーションを行った結果、実際に生じたような、湿気の増加は見られなかった。その後、害の状況および湿気の年間の変動についてさらに詳しく検証した結果、外側の防水性能が十分ではないために、構造の中の湿気が上昇したことが明らかとなった。
  • 吊り天井を施工するために、屋根構造の防湿シートに、ねじ穴が開けられた。そこでシミュレーションによって、屋根構造の湿気を逃がす能力がどの程度か、またどの程度の室内空気からの湿気の流入が許容されるかについて、検証を行った。その結果、気密性はq50≤4㎥/㎡hである必要があることが分かった。後に現場で気密性テストを行うと、気密性能は前述の値を大きく下回っていることが確認された。

前の章でも述べたように、熱湿気のシミュレーションを使って防湿計画および湿気による害を検証する際には、構造の中の湿気が外に逃げる能力と、ある程度の施工不良による湿気の浸入を許容する能力を考慮することが重要である。施工が完璧で、湿気を全く通さないという仮定のもとでしか安全ではない構造は、現在では計画のミスと見なされる。実際には不可能な条件を仮定しても意味がない。したがって、計画段階で、ある程度のリスク要因を考慮しておくことが大事で、更に、想定していなかった湿気が少し構造に入ってきたとしても害が生じない安全性を確保しておかなければならない。

7. まとめ:

建物構造は完全に乾燥することはなく、またその必要もない。防湿とはつまり、外壁や屋根などの構造体に入ってくる湿気の量と、出て行く湿気の量のバランスをとることである。防湿の原則は、「必要なだけ湿気を通しにくく、できるだけ湿気を通しやすく」である。構造体に湿気による害が生じるか否かを判定するためには、構造体の中に湿気が入ってくる原因とその量、そして湿気が外に出る可能性をできるだけ正確に把握することと、また、一般的な施工レベルを考慮して、ある程度の湿気の浸入を仮定することが重要である。定常計算では、このような検証を十分に行うことはできない。

熱湿気シミュレーションは、専門的な知識をもって使用すれば、殆ど全ての建築物理的に重要な挙動、例えば雨水の浸入、日射の吸収、湿気の逆流、保湿性、液体としての水の輸送、施工直後に含まれていた湿気の放出、湿気の長期的な蓄積などを把握し、構造の防湿性能の良し悪しを判定することができる。判定には、その建物がある地点と構造体の方位や傾斜を考慮し、構造体が降雨や日射から受ける影響をシミュレーションする。建物の内部の温度や湿度はその建物の用途によって、住宅の他にも冷蔵保管倉庫から屋内プールまでさまざまに設定できる。また、検証したい内容に合わせて、計算を開始する時点で、多くの湿気が含まれている施工直後か、またはその湿気が放出した後の状態を設定することができる。そして、施工が完璧であるとは仮定せず、例えば気密施工や防水施工の欠陥によって湿気が構造体の中に入ってくるリスクを予め与えることもできる。シミュレーション結果の精度は、入力データの精度に依存するため、建材の物性データや気象データとしてふさわしいものを使用するとともに、建物における熱と湿気に関する十分な基礎知識と、設計者や専門家としてのある程度の経験も必要である。

構造体に湿気の害が生じた場合には、シミュレーションをすることによって、計画されたものと、実際の害を比較することができる。例えば、計画された構造条件をシミュレーションした結果、湿気による害が見られる場合は、計画のミスであることが分かる。しかし、計画された構造条件を、一般的な施工レベルで考えられる、構造体に湿気が浸入するリスクを加味してシミュレーションした結果、湿気による害が見られない、または実際に生じた害よりも明らかに小さな害であれば、実際に生じた害は、全てまたは一部、施工者の責任であると判断できる。ここでも、判断を行う専門家は、害の原因となる要因を正しく把握するために、熱湿気のシミュレーションで把握できる現象と把握できない現象、要因についてよく知っておく必要がある。

熱湿気シミュレーションは、入力データの妥当性や結果の解釈など、定常計算に比べると設計者にかかる責任は大きいが、その分、構造体の湿気に対する安全性について、より詳しく検証し、専門的な判断を行うのに役に立つ。

参考文献
[3] 2007‐07: DIN EN 15026: Warme‐ und feuchtetechnisches Verhalten von Bauteilen und
Bauelementen ‐Bewertung der Feuchteubertragung durch numerische Simulation..

有限会社イーアイ info@f-ei.jp

PAGETOP
Copyright © 有限会社イーアイ All Rights Reserved.
Powered by WordPress & BizVektor Theme by Vektor,Inc. technology.